平成18年(2006年)第2回北越地区三滋賀県人会同親睦旅行が開催されました

 このサイトは、平成18(2006))年11月1日に公開いたしましたが、平成21年に公開終了しました。
 このたび、当会HPの「re-make」編集中に、全てではありませんがこのサイトの画像がバックアップファイルに残っているのを見つけました。
 
 滋賀県人会相互の交流の一環となる行事でしたので、復古を思い立ち、おぼろげながらの記憶をたどりリ、メイクを施して編集してみました。
 関係者各位にとっては懐かしい行事だと思います。
 7年前の当時をご回想下さい。                                                                                    2013.9,10 市井 康三 

  昨年は富山滋賀県人会さんのお世話で、10月23日〜24日、富山県高岡市「雨晴温泉」一泊二日の行程で挙行されました。
 本年は当会の幹事で行うことになりました。
 期日 10/22(日)〜10/23(月)
 場所 月岡温泉 「白玉の湯 ホテル泉慶 」
 参加県人会 富山・石川・新潟 計14名 (内新潟4名)
 観光行程 新潟歴史博物館・北方博物館・自衛隊新発田駐屯地・新発田城・朱鷺メッセなど
                                              2006.11.1
                                              新潟滋賀県人会
                                              事務局長 市井 康三 
2008.10.23 第3回北越四滋賀県人会同親睦旅行が開催されました (2年後の行事です)

 10月22日(日)  
 新潟市  新潟歴史博物館とカーブドッヂ 
 @10時12分、特急北越1号にて石川、富山両滋賀県人会の皆さん新潟駅到着。
 タクシーで萬代橋を渡り、情緒豊かな港町にふさわしい「みなとぴあ 新潟歴史博物館」で「郷土の水と人々の歩み」をテーマとした港町新潟の歴史と文化を見聞しました。

 A続いて同館に隣接した旧第四銀行住吉町支店を移設、改装したレトロ調のワイナリーレストラン=@  「かーぶドッヂ」で自家製ワインを味わいながら和やかに歓談、昼食を楽しみました。飲み足りない方(中村会長?)が居られたようですが‥‥。
新潟市歴史博物館    カーブドッヂ前で  カーブドッヂで昼食   マイクロバスで向かう  
 

新潟市内車中観覧と豪農の館 北方文化博物館  
   B昼食後、ホテル泉慶さんのチャーター車マイクロバスで、新潟県人会中村会長の名ガイドにより新潟中心街古町 十字路⇒県知事公舎⇒「横田めぐみさん」の拉致現場を 通りました。拉致被害者の方々全員の、一刻も早い救出を祈りつつ新潟大学⇒市役所⇒新潟県庁⇒本年11月1日改修完成の新潟県政記念館を観て

C 三つのホールを持つ文化発信基地新潟市民芸術文化会館「りゅうとぴあ」車中より見て

E平成19年度完成を目指して建築中の新潟市民病院を通り 

F鳥屋野潟・県立鳥屋野潟公園に隣接された白鳥をイメージした多目的施設、新潟のシンボル新潟スタジアム「東北電力ビッグスワン」 熱狂的なアルビファン新潟市、県民の熱気を感じつつ一豪農の館 北方文化博物館」 へ向かいました。
りゅうとぴあ 東北電力ビッグスワン  伊藤家大広間座敷
四季折々の美しい庭園を眺めることができる 
玄関前で 
 

ホテル千慶  懇親会   
参加者  杉本会長・小脇さん  宇於崎会長・小脇さ    石黒さん
 中村会長と→   ←中村会長と   
  ←懇親→    琵琶湖周航の歌合唱 

 10月23日(月) 

陸上 自衛隊新発田駐屯地(第30普通科連隊)
駐屯地の沿革
  新発田駐屯地は、戦国時代下越の豪族新発田公累代の居館でした。
  天正15年(1587年)第18代新発田(佐々木)因幡守重家は、上杉景勝と勇猛果敢に戦ったが、奮戦及ばずし烈な最期を遂げ、佐々木三郎盛綱(大江源氏=第59代宇多天皇に発した源氏で宇多源氏とも言われる。)以来400年間に渡る下越の名家佐々木氏は滅亡しました。
  戦乱で荒廃したこの地に、慶長3年(1598年)加賀大聖寺より溝口秀勝が初代藩主として入封、以来約270年間溝口家は12代にわたりこの地を治めました。
  明治4年新発田城に編成まもなく陸軍東京鎮台歩兵第8番大隊がおかれ、明治7年白壁兵舎が落成し、同年11月第1軍管東京鎮台歩兵第3聯隊(高崎)第2大隊が移駐し、その兵舎となりました。
  明治17年6月、歩兵第16聯隊が設置され、以後日清・日露の両戦争、シベリア出兵、満州事変、支那事変、ノモンハン事件、大東亜戦争等わが国の代表的な作戦に参加し、昭和12年には歩兵第116聯隊が設置されました。
  戦後は、アメリカ軍・引揚者寮・新潟大学分校等に転用され、昭和28年自衛隊の前身である保安隊第2普通科連隊第3大隊が金沢から移駐し、新発田駐屯地が創設されました。
  その後、昭和37年1月18日駐屯地の基幹部隊である第30普通科連隊が創隊され、平成13年3月末第12師団の改編により空中機動力を高めた第12旅団隷下部隊としてコンパクトな完全自動車化された普通科連隊として編成され、現在に至っています。    (第12旅団公式ホームページより転載)
ホテル千慶前で女将橋本さんと(後列右)   新発田駐屯地史料館
(白壁兵舎)
白壁兵舎前で
広報隊員の説明 
兵舎で、女性陣に人気のイケメン広報隊員と
イケメン広報隊員の
エスコート 
1800高kalの
隊員食で昼食 
 新発田城ライトアップ 大手門前で 

 朱鷺メッセと信濃川ウォーターシャトル
ウォーターシャトル船内より朱鷺メッセ 
ウォーターシャトル
乗船場で 
船内中村会長ご夫妻  ウォーターシャトル船内より万代橋遠望 
×朱鷺メッセには入館しましたが残念ながら写真は消失しました   
合同親睦旅行を終えて
中村会長よりご挨拶
石川・富山両滋賀県人会の皆様のご精進のお蔭様と、地元の切なる願いが天に届いたのでしょうか。
 新潟駅でお別れし、帰宅いたしますと夕方から俄かに空が暗くなり雨脚が強くなつて屋根をたたき始めました。何という幸運な二日間だつたのでしょう。
 この度は、ご遠方のところを三県合同親睦旅行にご参加頂き誠にありがとうございました。改めて、厚く御礼を申し上げます。
 皆様のご協力を頂き、何のトラブルや事故も無く予定の行程表を無事に終了することが出来ました。
 新潟県人会―同心より感謝致しております。本当にありがとうございました。
 遠いところをお運びいただきました皆様に必ずしもご満足戴けるようなことも出来ませんでしたが、皆様から″滋賀″と云う同郷の誼でご寛容頂き旅の終始を楽しく笑顔でお過ごし下さいまして衷心より感謝申し上げます。
 皆様はお一人、おひとり、明るくお健やかで生き生きとしたお顔ばかりでした。
しかし、今日をお迎えになるまでにはお互いの人生の起伏を次々に乗り越えられてこられた事と存じます。
 その時々の困難を乗り切る為に必要な勇気やエネルギーの源泉は、故郷、滋賀の懐かしい山や川、そして美しい琵琶湖の湖面の漂いだったのではないでしょうか。
これからもこの貴重な滋賀県人会の交流の場を大切に、生まれ育つた故郷滋賀県を愛し、共有して今後の人生を一層実リ多いものにして行こうではありませんか。
 今後とも益々ご厚誼の程よろしくお願い申し上げます。
 お寒いシーズンをお元気にお過ごし下さいます様お祈り申し上げます。
                                                平成18年10月24日
                                                 新潟滋賀県人会
                                                 会長 中村 五郎