近江神宮と黒川「燃水祭」

  偶然、7月2日、前日の7月1日に行われた「黒川燃水祭」のNHKニュースを見ました。
 胎内市役所黒川支所地域振興係 小熊係長様には、当会HPに「燃水祭」を採りあげさせて頂くことをご了承をいただき、8月月12日、取材させていただきました。当日の写真、燃水祭概要の史料のご提供などご親切なご協力をいただきました。                              
                                                  2009.8.17
                                                   事務局長 市井 康三
 

 燃水祭の由来
  日本最初の石油の記録は、1340年をさかのぼる、天智天皇の御代のことした。正月3日、新都大津宮において、御即位の式典を厳修せられた天智天皇7年(668年)の7月のことでした。
 
           「越の国 燃ゆる土 燃ゆる水をたてまつる」
 
 日本書紀はこう書き記しています。燃ゆる土『燃土』は石炭・泥炭ともいわれてきましたが、近年は天然アスファルトのこととされ、燃ゆる水『燃水』とは石油のことです。『越の国』は、現在の新潟県。なかでも現在の胎内市(旧黒川村)であったといわれます。黒川村は、昔、川の流れが黒くなるほど燃水が湧き出したことから、「黒川」の地名がついたと伝えられています。昭和三十年代までは手掘り井戸で原油が採掘され、灯火などに利用されていたとのことです。
 
 その7月、越の国より採掘された燃水と燃土が天智天皇の都に献上されたのでした。科学技術を駆使され国づくりを推進された改新政治を象徴する記事といえます。
 
 毎年7月1日、新潟県胎内市黒川において燃水祭が行われ、その折採油された原油が、6日後の76日(7日が土日の年は5日)、近江大津宮旧跡に鎮座する近江神宮燃水祭において、黒川からの使者により燃水献上の儀が、往時のままに厳修されています。さながら日本書紀の記述を再現するがごとくに。

 地球温暖化問題がクローズアップされるなか、化石燃料のマイナス面が強調されることが多くなってきましたが、東日本大震災にともなう原子力発電所の事故以来脱原発への志向が高まり、さりとてただちに自然エネルギー中心に転換するのは現実的ではありません。現代文明を前提とする以上、当面は石油を中心とする化石燃料に頼らざるを得ません。自動車など輸送機械の動力源、化学製品の原料としても当分の間は重要さは変わることがないと思われます。
 
 全国石油・エネルギー業界・関連業界関係者多数のご参列の中、石油業界の代表者の手により、ランプに灯をともして献灯の儀を行い、現代文明の基盤である石油への感謝の誠を捧げます。

 天智天皇7年、越の国より「燃水・燃土」が献られた。往時のままに新潟県黒川採油の原油が献納され祭典を行う。
                                     (近江神宮サイト年間行事一覧よりより転)

 黒川・原油「採掘の歴史」概略
今から1340年前の天智7年の献上当時、既に原油が自然に湧き出て油坪に溜まり、それをカグマ(リョウメ
ンシダ)で油をすくい採っていましたので、日本で一番古くからです。
 
 江戸時代後期から明治時代のはじめ(120年前のころ)、手堀井戸が掘られ、明治6年イギリス人医師のシンクルトンが来村し、木の枠をはめて掘る方法を教えました。
 
 その20年後から機械堀となり、最盛期は昭和17年でパイプで、平木田駅(現JR羽越本線)へ送っていました。 
 
   
 昭和17年頃(全盛期)の黒川油田   英人医師シンクルトンが来村指導して掘った油井戸(別名異人井戸)  カグマの干したものに付着 させ採取 (シンクルトン公園油坪) 

  近江神宮の「燃える水のお祭」
 今から25年前の昭和58年前からです。献上当時の天智天皇を祀る滋賀県の近江神宮ではすでに毎年7月7日に「燃える水のお祭」が行われていました。
 昭和58後、毎年7月1日に黒川燃水祭を催し、7月7日の近江神宮の燃水祭に油を献上しています。 
 
   
  「燃土燃水の献上図」 小堀鞆音画 
日本石油(鰹椛)
 献上風景模型 黒川郷土文化伝習館 

平成20年 黒川燃水祭
(越の国黒川臭水(くそうず)遺跡保存会)
 
式典    修祓(しゅばつ 
献上採油の儀   献上採油の儀 清砂の儀   
      点火の儀 
       ←献上行列   
    ← 献上行列  

 近江神宮の燃水祭
 御祭神・天智天皇は、大化改新を断行され古代国家の基礎を確立、近江大津宮に遷都されこの都に御即位されました。  
     
   近江神宮   燃水祭式典 原油を献上する佐藤渡黒川村役と職員一行 (平成10年7月7日)