5-2 日本の教育再生をねがって 「戦後教育からの大転換には市民力が不可欠」

                                              新潟滋賀県人会
                                              会長 中村 五郎
                                              平成20年(2008年)1月15日

 戦後60年ぶりの教育基本法改正
 「教育再生」を最優先課題の一つに掲げ平成18年9月26議」が設置され、「教育再生が本格的に動き始めたのだが残念な安倍首相の突然の退陣によって後継の福田内閣に引き継がれ今日を迎えている。 
 
 政府の教育再生会議は昨年(平成19年)1月に「ゆとり教育の見直し」を柱とする第一次報告、6月の第二次報告では「道徳の教科化」を謳い12月の第三次報告では、「学力の向上」や学校の責任体制の確立」、「社会総がかりでの子供、若者、家庭へ支援」などを盛り込んだ報告が内閣総理大臣に提出され、近く最終報告が提出される見込みになっている。

 教育改革関連三法の持つ意義(文部科学省資料から)
  昨年6月20日、「改正学校教育法」、「改正地方教育行政法」そして、「改正教員免許法」のいわゆる教育改革関連三法が成立し、漸く戦後のイデオロギー教育に終止符が打たれることになった。以下に文部科学省の資料の内容の一部を紹介したい。
 (日本教育再生機構 発行 「教育再生」 平成19年師走号P15より)

 法案審議の段階で文部科学省が教育再生会議に提出した「教育三法案の持つ意義」と題する文書に明記されている概要は下記のようなものである。
 
 「学校教育法」については教職員組合が民主的な学校づくりの*シのもとに、いじめ問題の対応などを教育委員会や校長の指示ではなく職員会議で処理されてしまっています。

 リーダーシップを発揮すべき校長先生が逆に孤立させられているといった不適切な学校教育現場実態は正さねばなりません、(後略)と述べられている。 
 
 地方教育行政法」改正では地方分権で文科省は地方教委への権限をほぼ失い、教組と教委が一体的関係にあっても文部省がそれに口を挟む権限を持たなくなっていた状況を是正することが可能となりました。文科省資料は、「教育委員会が未修問題を放置したり、国旗、国歌を指導しないなどの著しく不適切な対応をとっている場合には文部科学大臣が具体的な措置の内容を示し、「是正の要求」が出来るよう法律上明記します。」(後略)と述べている。

 「教員免許法」改正についても教育正常化に資するものであり、学校教育現場が大きく変わることを期待したいものである。
 文部科学省の文書には、「いわゆる不適格教員≠ェ公務員と云う身分に守られ、教育現場に立ち続けることは、子供たちには勿論、日本の将来にとって不幸なことです。
 この状態を解消する為不適格教員≠教壇から確実に排除するべく不適格教員の人事管理を厳格に行います。」と明記されているのである。

 教育三法の改正はこのように一部教職員組合に事実上支配されてきた戦後教育のレジーム≠画期的に変えるものであり、今後への期待が大きい

 日教組の教育観・国家観・歴史観
 組織結成後60年が経過した日教組が、今、運動の停滞と組織率の低下に苦吟しているという。元参議院議員の小林 正氏の寄読文を読んだのも「教育再生」平成19年師走号である。
 要約は以下の通りである。
 1958年、結成10年頃の日教組は組織率86.3%を誇り「私設文部省」として教育界に君臨していたと云う。

 しかし、昭和30年代前半の勤務評定反対闘争で日教組は回復困難な組織的ダメージを被った。それでもひき続いて道徳教育導入反対、学力テスト反対、主任制導入反対闘争など文部省、地方教委が行う教育行政に対して「旧教育基本法」第10条の不当な支配≠ニして、反対、阻止運動を展開し、今日に至ったのである。

 その後、90年代に入り、政局の混迷の中から「自・社・さ」連立の村山政権が誕生すると、一時期、日教組は文部省と協調する路線に転換した。しかし、現在は、又、元の路線に戻っているという。 
 基本方針としては、全ての運動に「平和・人権・環境・共生・ジェンダーなごの視点を位置づけるとして、憲法改正、教育改革関連法反対、政府主導の教育改革反対などの運動を進めているという。
 
 以下は同誌P15の編集部記事より抜すいした内容である。
 日教組は今から約57年前(昭和26年)に「わが子を再び戦場に送るな」というスローガンを採択した。
 
 これをいまだに金科玉条≠ニして「思考の原点」においているため彼らが教育施策に関われば関わるほど、日本の教育はねじ曲がり、その結果、今日の教育荒廃を招いている。

 日教組の教育観の柱は行き過ぎた子供中心主義≠ニいえよう。 そして事ある毎に子供の権利条約(正しくは児童の権利条約)を強調する。しかし、日本も批准(1994年)したこの国際条約は、本来、発展途上国で、勉強したくても経済的事情で学校に進学できない子供の権利≠守る趣旨で制定されたものである。

 まったく経済環境が異なる日本で、日教組と日教組に同調する教育学者はこの条約をねじ曲げ、子供の自己決定権をことさらに強調し、行き過ぎた子供中心主義を推進してきた。

  さらに「自・社・さ」連立の村山内閣誕生という政治状況の変化により、日教組と文部省は当時、協調路線(1995年)をとり、学習指導要領に日教組が推進してきた「総合学習」が導入された。

 これに従来から進められてきた「ゆとり教育」のもとで学力低下は勿論、学校での躾の放棄による公共マナーの低下、ひいては子供の野放図な権利主張を認めたことにより、忍耐力の無い子供を出現させ、子供の親殺しというような事態までを創出させている。

 次に日教組の国家観、歴史観である。
 「教え子を再び戦場に送るな」と云うスローガンにより、彼らは戦前の日本を全面否定する思考回路に陥っている。

 そのため国家は悪≠ナあり愛国心≠ネどもっての外となり、日本という共同体に根を張らない「根無し草、無国籍」教育を強力に推進する。
 これを後押したのが大江 健三郎氏といった文化人たちであり、朝日新聞と云う「左翼戦後レジーム派」であった。

 これでは子供たちが自国に誇りなど持てよう筈がなく、若者のフリーター、ニート現象を生み出している。 (「教育再生」 平成19年師走号P17より

 日本教育再生機構(八木 秀次理事長)とNPO(民間非営利組織)
「明日の教育を考える市民の会」の連携と活動について
 教育の荒廃≠竍改革の必要≠ェ叫ばれて久しい。

 しかし、わが国の教育は少しも好転しないどころか、近年はますます事態は悪化し、低年齢化が進むばかりで、心ある人達は眉をひそめ、胸を痛めている。
 
 私は約4年前、新発田市内の同憂、同志の知人、友人に呼びかけて、NPO「明日の教育を考える市民の会」を設立した。
 
 それは、戦後、多年に亘り、幾多の努力が重ねられてきたにも拘わらず、学校教育現場、PTA、青少年健全育成団体などの従来通りの活動だけではこの先の好転など到底期待することは無理ではないか、と考えたからである。
 
 その私達が考えた事は、家庭と地域≠キなわち 、大人社会の意識を改革することと法律制度の改正の二つが両輪となって動き出すこと。この二本柱の実現に向かって、市民サイドからこの気運を盛り上げて行こうというものだった。

 現代社会は過去のような上意下達の社会ではない。市民、国民の一人一人の自覚と行動力がなければ教育改革など実現するわけがない、と考えるのだ。

 市民社会≠ニいわれる今日では、いわゆる、草の根♂^動による、市民の自発的な意思と行動によって、家庭や地域が変わり、子供たちも当然良い方向へと向かい、学校が元の健全な教育現場へと変化して行く筈であると思っている。
 
 こう決意した我々は平成16年2月15日(日)新発田市生涯学習センターに於いて設立総会を開催して、市民の手づくりによる教育ボランティア活動をスタートしたのだった。

 現在の会員数は法人、個人合わせて約580名。当初予想していた会員数には未だ程遠い状況であるが着実に歩みを進め、約10万4千人のこの街ではかなり知名度を上げて、各方面からの注目を集め、市民の関心は高まりつつある。

 このような活動を進めている時も時、一昨年(平成18年)10月、東京に「日本教育再生機構」(理事長 八木 秀次 高崎経済大学教授)が全国から約110名の著名人を代表委員、設立発起人として集め、教育改革に立ち上がり活動を開始したのである。
 
 日本教育再生機構が掲げる五大方針
  @伝統文化を伝承し、世界に発信します。     
  A心を重視する道徳教育を充実させます。     
  B男女の違いを尊重し、家族を再興します。
  C教師力を向上させ、学力を取り戻します。
  D教育再生を願う志と志をつなぎます。
 
 同じく具体的な事業の三本柱
  ◎全国の多くの団体や、個人が緩やかに手を結ぶ「ネットワーク事業」
  ◎教育再生の具体的なメニュー作り、実現可能な政策提言を目指した調査、研究をする「シンクタンク事業」
  ◎民間からの提言や意見書を当局や各方面に届ける政策提言と世論の喚起や形成。
  
 日本教育再生機構は設立以来、未だ1年3ヶ月という短い歴史しかないが、既に、数度に亘って政府の教育再生会議に様々な提言を行った結果、「政府の教育再生会議」はそれを取り上げ、ゆとり教育の見直し≠竍道徳の教科化≠打ち出したのである。

 この機構がここまで影響力を持つに至ったのは、全国で開催している「教育再生民間タウンミーティング」で活発に出された教育再生への願いや意見、そして全国の教育に取組む多くの団体をつなぐ、ゆるやかなネットワークの性格にあると云われている。
 私達のNPO「明日の教育を考える市民の会」も昨年平成19年6月30日(土)日本教育再生機構と共催で、新発田市に於いて教育再生「民間タウンミーティング」を開催し、積極的な提言を行った。尚、本会は平成18年10月、日本教育再生機構が設立された直後に同機構に団体として正式に加盟している。

「教育再生」には市民力が不可欠だ 
 先述した通り「教育再生」を実現させる為には法律、制度の改正や行政の力だけでは今の時代に実現は無理ではなかろうか。もう一つ、市民、国民の意識改革がなされなければならないと私たちは考えている。
 
 「戦後教育」というのは、それ程、日本人の心や身体に染み込んでおり、骨髄までが蝕まれてしまっているのである。
 そして悲しくも日本人の多くにその自覚がない事態となっているのだ。 

 「教育再生」と口で唱えても5年、10年で実現できるものと私には思えない。
 それこそ50年もあるいは100年もかかるかも知れない。
 しかし、ここで私たち市民がその実現jに向けて一歩を踏み出して行かなければ再生、回復への道は開かない。待っているのは亡国破滅だ。
 正に百里の道も一歩から≠フ格言どおりであると私は考えている。

 しかし、私は既に数えて80歳の「傘寿」を迎えた老骨の身である。
 残る人生がどれほどであるのかは知る由もないが、敗戦によって特攻出撃が中止になり、出撃まで2〜3日、戦死を100%覚悟していた私は強運にも生き延びることになり、それから今日まで62年余の二度目の人生≠歩み、天から与えられたおまけの人生≠生きてきた人間であり感謝の日々を送っている。

 この愛する日本がもう一度、健やかで、世界の国家や国民から信頼され愛され、尊敬の念で迎えられるような国家に蘇り、世界の人類社会に貢献して、この国が誇りある国民、国家として発展して行くことを私は願って止まないのである。
                           (NPO民間非営利組織「明日の教育を考える市民の会」会長)